先日、私の事務所に何度か相談に来られていた方から、「前に参加した無料相談でこんなことをいわれたが、お宅の事務所はどうなのですか」、という質問をお受けました。詳細は伏せますが、正直なところ、心外な質問でしたので「そういうお考えでしたら、今回の件について私はお引き受けできません」とはっきり申し上げ、関係書類も全て返却させていただきました。
あとで私も大人気なかったのかもしれないな、と自己反省しないでもなかったのですが、いわゆる「無料相談会」のあり方、そのものについては前々から少し疑問を持っています。
そもそも私は「無料相談会」が本当は誰のために、何を目的に開催されているのか、体系的な説明を聞いたことはありません。「無料」だけが独り歩きして、肝心のその相談に対する回答については二の次になっているようにさえ思います。(自らへの反省もこめて)
「無料」だからといって、適当にお茶を濁しただけのアドバイスだけさえしていればOKではないでしょうし、「無料」だから少々見当違いした発言をしても許されるわけではないはずです。本来、専門家としての使命を考えるならば「無料」と「有料」の差はないはずですから、相談会のクオリティにもっと気を配るべきではないかと。
ともあれ「無料相談会」、土地家屋調査士に限らず他の士業団体であったり、官公庁であったり、各事務所単位で開催されるもの等、今日多くの無料相談会が全国各地で開かれていますね。特にシーズン的にはちょうど今、秋ごろが多いように感じます。
私の所属しております滋賀県土地家屋調査士会でも恒常的に無料相談会を開催していますが、例年のことですので理事会でも開催の提案については然したる議論もなく承認されています。でも、私個人としては無料相談会については、漫然とせずに、本来の開催趣旨や目的に立ち返りゼロベースで検討すべきだと思ってはいます。
又、日本土地家屋調査士会連合会も全国一斉不動産表示登記無料相談会を今年度も開催され、10月の連合会報にその活動報告が掲載されていますね。
ただ、ネットで拝見する限り「初回相談料無料」をPRしている土地家屋調査士事務所が殆どなのですから(私も含めてです)、あえて単位会や連合会として無料相談会を開催する必要がどこにあるのか、ということです。シンプルに、その「無料相談」をPRされている事務所をご紹介するだけで事足りるのではないかと。
そこで、今回上記のようなトラブルもあったことですから、本ブログ上で少し無料相談会について整理したみたいと思います。
無料相談会を開催する目的とは
現状、士業団体(特に土地家屋調査士)による無料相談会の開催目的は大よそ下記の3つではないかと考えます。
1、 資格制度PR
2、 専門知識を生かした社会貢献(プロボノ活動)
3、 他団体との合同による、お付き合い的なもの(士業合同相談会など)
それに対して無料相談会に参加する相談者側の目的はおおよそ以下の3つではないでしょうか。
1、 ネットでは得られない知識の獲得
2、 申請などの手続の進め方について知識を得る
3、 現在抱えているトラブルの対処方法の知識を得る
1または2については主催側の開催意図ともおそらく合致するものと考えます。ここで問題になるのは3ですね。最近とみにこの3のようなタイプの相談が増えてきているようにも思います。
無料相談会では基本的に相談者の持ち込まれる、非常に限られた資料をベースに相談を進めることになります。一般的な知識を得たいがために相談に来られる方はそれでもいいのでしょうが、無料相談でトラブルの解決をはかる、というのは本来お門違いではないかと思いますし、主催者側の意識とも齟齬があると思います。
土地家屋調査士ならどなたもおわかりになられると思いますが、通常業務に比べても相当に限られた、断片的な資料で断定的なことを言えるはずもありません。そもそも「土地家屋『調査』士」なのですから、自前の「調査」を経ずにお応えできる範囲は本当に限られてくるはずです。結局、頓珍漢なアドバイスをしてしまうような可能性もあります。
ただ、これは土地家屋調査士側にも問題があります。相談者に無料相談会の性格をきちんと伝えず、「悩み事があるならお気軽にどうぞ」的に、安易に集客をはかるようなアナウンスは相談者の勘違いを生むもとにもなっているのではないでしょうか。
そもそも無料相談は各事務所の業務を無料で代行するものではないですし、主催する側は絶対にそんなことは考えていないはずです。ボタンのかけ違いをおこさないように、アナウンスの段階で無料相談会の趣旨目的をきちんとお伝えてしておくべきではないでしょうか。
そこで改めて、私の考える士業団体による開催者側の無料相談会の大きな目的とは、以下の3点です。特に重要な点は3の「所属する会員各事務所に相談者を適切に割り振るための交通整理の場」です。この視点が現在の無料相談会ではあまりに意識されていないと思うのですが、いかがでしょうか。
1、 資格制度PR(自治体の広報紙等の有効活用)
2、 専門分野に関する正しい知識を広める(フェイクニュースの排除)
3、 相談者の案件を会員各事務所に適切に割り振るための交通整理の場
相談者側の問題
それでもかつては専門家に対する社会的なリスペクトもあり、無料相談会で直接専門家に抱えている悩みや不安を吐露するだけで満足されるような傾向もあったかと思います。なんとなく敷居が高かった専門家への相談を、無料相談会を開催することにより、敷居を低くすることも心理的な面も併せて意味があったのでしょう。
ただ残念なことに現在はネット社会の影響か、「フリー(無料)」サービスに対しても随分厳しい目を向ける方が増えてきたように思います。無料相談で何もかも解決するようなら専門家は食っていけません。それを生業にしている専門家がいるということは、その専門家の力を活用する際には、それなりの対価を支払わなければならない、ということは相談者の方に切に理解を求めたいとも思います。(決して責任をすべて相談者側に押し付ける意図ではありませんので、ご了承ください)
今後の無料相談会についての提案
今後の士業による無料相談会の開催にあたり、こんな点を改善すべきではないかな、と思う点を挙げさせていただきます。無料相談会の目的はあくまで各事務所の仕事を奪うことではなく、最終的に各事務所に適切に割り振ることだと肝に銘じて相談を受けるべきだと思います。それが結局はユーザー側の利益にもつながるはずですから。
・相談を受ける側の教育と養成(相談の専門家を会を挙げて養成する)
・相談者に無料相談会の趣旨とその限界を相談前に伝える(事前告知)
・相談者、相談員双方に誓約書を書いてもらう(個人情報保護、資料の限界性)
・相談者に今後相談すべき事務所、団体等を提示する(エリアや専門性に留意)
補論「フリー<無料>からお金を生みだす新戦略 」を参考に考える
いささか旧聞に属しますが2009年に発刊されたクリス・ アンダーソン (著)「フリー<無料>からお金を生みだす新戦略 」を参考に無料相談を考えてみます。同書はベストセラーだけに手に取られた方も多いと思いますが、主にグーグルなどネットビジネスと無料サービスや非貨幣経済の今後を予想されたものです。ただ、上記に挙げてきました無料相談会の有り方を考えるについても、興味深い示唆が得られるように思いましたので少しだけコメントしたいと思います。
第6章 「情報はフリーになりたがる」 より抜き書き
P129
コモディティ化した情報(誰しもが同じものが得られる)は無料になりたがる。カスタマイズされた情報(その人だけに与えられる特別なもの)は高価になりたがる。
P130
潤沢な情報は無料になりたがる。稀少な情報は高価になりたがる。
ここでは「潤沢」な情報と「稀少」な情報の限界費用を考慮している。低い限界費用で複製、伝達できる情報は無料になりたがる。だから、皆さんはオンラインで本書のコピー(潤沢でコモディティ化された情報)を無料で読める。
一方で、私が皆さんの町まで行って、皆さんのビジネスに合ったフリーに関する話をするのは別だ。私は喜んで飛んでいくが、皆さんは私の(稀少な)時間に対してお金を払うことになる。私への報酬が無料になりたがることはない。
「潤沢」な情報と「稀少」な情報、これは私たち専門家の将来にとってキーになるワードではないかと思います。「潤沢」な情報については近い将来「AI」にとって代わられる日が来るのでしょう。無料相談も正確無比な「AI」に任せたほうがいいのかもしれません。しかし「稀少」な情報については、これはやはり人間にとって代わるにはハードルが高いように思います。
ただすべてが、一律に「AI」にとってかわられてしまうのか、というとそうでもないように思います。たとえば同書のコラムでも「どうして講演会をオンライで配信しても、高額なチケットが売れるのか?」という一文がありますが、いい視点だと思いました。ですから案外「FACE TO FACE」型の相談会自体はなくならないのかもしれませんね。
いずれにせよ、インターネットやAIなどの登場は専門家の独占していた情報をフリーに近づけるのでしょう。情報を「潤沢」と「稀少」に峻別しつつ、専門家のあり方さえも大きく変えていくのでしょうね。となると、その稀少性にどういった方向性で磨きをかけることができるのかが、専門資格者の生き残り戦略の要になるのではないでしょうか。
「無料相談会」のあり方を考えることは、専門資格者の未来、さらにいえば専門家としての生き残り戦略を考える上で、実は案外いい切り口なのかもしれません。