現在、日本土地家屋調査士会連合会研究所にて研究テーマ「土地法制」の調査研究が研究員を中心に進められています。来月には近畿ブロックにて調査研究報告会が予定されており、私も協力員の一員として参加させていただく予定です。
ただ、「土地法制」との名称が前から少し引っかかっていました。単位会レベルでは、土地境界に関しての地域慣習を担当する部門の名称を、土地家屋調査士の「法25条2項(地域慣習)」にならってそのまま「法25条2項委員会」としたり、「地域慣習委員会」、「公図委員会」または「境界鑑定委員会」などの名称を使用しているケースが多いからです。連合会の「土地法制」というのはちょっと聞きなれないこともあって、しっくりこない感じがしていました。
しかし、最近研究のために日本近代法(法制史)について、山中永之佑(大阪大学名誉教授)編による三部作を入手し、土地法制についてまとまった専門書を初めて読んだことで、認識を改めることができました。ちなみに三部作とは「日本近代法論」「新・日本近代法論」「日本近代法案内-ようこそ史料の森へ」です。なお、法制史と言えば代表的な学者としては中田薫博士、石井良助博士(いずれも故人)が有名ですね。石井良助博士の論文のうち「江戸時代土地法の体系」(日本学士院紀要第三十八巻第三号)はネットでも公開されていますから気軽に読むこともできます。(江戸時代といいつつ、実は太閤検地のページが多いのが気になりますが)
「日本近代法論」「新・日本近代法論」「日本近代法案内-ようこそ史料の森へ」のいずれも、わが国における近代法の様々な分野を数人の研究者の方が分担して執筆されています。「土地法制」の他にも例えば「学校法制」「軍事法制」「労働法制」「家族法制」などあげればきりがないくらい多様な分野の近代「法制」について論じられています。
なお、土地法制のページは、こうした指摘から始まっています。
「戦前民事法学の泰斗末弘厳太郎は、かつて土地法研究の今後の方向性についてこう指摘したことがある。あらゆる土地の慣行調査を実施し、さらに公私法にまたがる成文土地法全体の研究を行うことによって初めて、わが国土地法全体の総合的かつ体系的な理解に到達しうる、と。」
土地家屋調査士法25条2項の「調査士は、その業務を行う地域における土地の筆界を明らかにするための方法に関する慣習その他の調査士の業務についての知識を深めるよう努めなければならない」との規定にも深く通じるものがあるように感じました。
そもそも私自身文学部の出身で、学問としての法律は学んだ経験はありません。土地家屋調査士や行政書士の資格試験では法律も当然学ぶ必要がありますが、あくまで試験対策のための法律の勉強でした。ですから、今回はじめてアカデミックな法律に関する専門書を読んだように思います。ただ日本近代法の歴史、近代法の形成と展開を研究する法制史については純粋で理論的な法学とは違って、比較的とっかかり易い感想を持ちました。
最初の連合会研究所の研究テーマに戻りますが、名称を「土地法制」としてしまいますと、対象は近代以降に限定されてしまうと思います。実際には、わが国における近代土地所有権の導入の端緒となった壬申地券発行、地租改正事業以降を対象とすることでほぼ事足りるのかもしれません。が、私としては中世由来の土地利用慣行が大正・昭和期にも存続していたことを明らかにしたいと現在、鋭意調査していることもあって、その観点からはちょっとスパンが足りないようには思っています。細かいことかもしれませんが「土地法制」とは、あくまで近代法の確立が前提となりますので、考えようによっては実体法である旧民法、また国の根本原則である大日本帝国憲法の公布が「土地法制」の条件ともなるようにも思います。
研究テーマの呼称の件はまた機会があれば落ち着いて考えたいと思いますが、近世的権利を否定して導入したはずの近代的土地法制のなかに、地籍図をはじめてとする近世由来の特徴が、今日に至っても未だに濃く残っているのは大変興味深いことと思っています。学問的にいいますと「法学(法制史)」と「地理学(歴史地理学)」の違い、ということになるのでしょうが、実務にもいい形で反映できるよう、連合会研究所での活動が実を結ぶことを期待しています。