先日、本ブログで松山恵著「都市空間の明治維新 (ちくま新書)」を御紹介させていただきましたが、姉妹書という訳ではないにせよ類似の分野を取り扱った、最新の書籍ということで横山百合子著「江戸東京の明治維新」を読んでみました。
本書は「都市空間の明治維新」と比べて空間的な分析にはそれほど紙幅を費やしてはおらず、第二章では「東京の旧幕臣たち」、第三章で「町中に生きる」、第四章は「遊郭の明治維新」、第五章で「屠場をめぐる人びと」と章の構成からもわかるように明らかに社会構造の分析に重心を置かれています。
一番印象に残った点は第四章第二節「遊廓を支える金融と人身売買」です。ここでは「仏光寺名目金貸付」を例に、吉原を支えた金融の仕組みにつき解説がありますが、要は神社仏閣が金融業者よろしく、遊廓の運営に資金提供を行い収益をあげていたこと、遊女が「財」として売買されていただけでなく、担保物権となり、資金提供の担保とされるという仕組みがあったとのことです。
近世社会でも人身売買は固く禁じられていたのですが、明治を迎えてもまだ人身売買は行われていたことは知っていました。なぜ近代に至るまで遊女の売買が横行していたのか、―――それは売買の範囲が遊女の身体を必要とする業者に限られていた―――、閉じた小社会での売買であり、幕府法は必ずしも個々の集団内部の問題を統一的に支配しようとしない、との指摘がありました。これは現代でいうところの「部分社会の法理(部分社会の内部の紛争は司法審査が及ばず、外部にまで影響を受ける【市民法秩序に影響する】ものは審査の対象になる)」と同じ捉え方でしょうか。他に公式には土地の売買もご法度であったものが、実際には質流れ等で野放しであったことも同じく幕府法の限界であったのでしょう。
また数点、沽券図や町絵図を使用して空間的な分析をくわえておられますが、例えば上記写真の明治六年沽券絵図に西郷隆盛の屋敷が松平茂昭の屋敷の一部を得て建てられていることがわかります。明治六年なのに「沽券絵図」というのは少し気になりましたが…、壬申地券地引絵図のことを東京ではそのように呼んでいたのかな。
それにしても近世身分社会の影響は「人地一致の原則」として近世期を通じて居住地(不動産)への制約がかけられ続けていたことが理解できました。
「江戸時代の身分は、従来考えられてきたような、政治的に個々の人に貼り付けられた印やラベルの
ようなものではない」(本書p51)
いわゆる「士農工商」の身分制が実際どうであったかは最近見直しもされているようですが、身分と身分集団とは単に職業上のものだけではなかったこと、明治維新の意義と近代的土地所有権の確立を考えるに当たり身分制の解体と再編を踏まえた視点が不可欠であることを感じました。